日本遺産出羽三山

お知らせ

「いきやすさ、くらしやすさへの道」をテーマとした鼎談が開催されました

「日本の聖地巡礼とコミュニティ実行員会」(代表 勝木 正人 手向地区自治振興会長)が主催し、5月9日にオンラインで開催され、711名の方が参加しました。

出羽三山。古くから東日本の霊山として親しまれてきたこの修験の山に引き寄せられた思想家/内田樹氏、哲学者/内山節氏、僧侶/藤田一照氏。それぞれの道を極めた三名が山伏星野先達の呼びかけで集まりました。

「コロナ禍」と言われる状態に入って早1年。新型コロナに罹患し、辛い日々を過ごした方や大切な方を亡くされた方もいらっしゃるでしょう。仕事の様相が変わる、家族や知人と会うことが困難になる、学校での交流がままならなくなるなど、今までの生活がガラリと変わり、身体的にも精神的にも大きな影響があった人も多いのではないでしょうか?

人それぞれに変化があり立場があり、千差万別の思いを抱えながら生きていて、その想いを一つの見解にまとめることは・・・とても難しいことです。しかし、自分の視点をいつもと少し変えて、改めて世界を眺めてみることはできるかもしれません。そんな想いで開催された鼎談です。

鼎談では、多様な視点から「いきやすさ、くらしやすさ」へのヒントをいただきました。

便利になればなるほど暮らしにくくなることがある。例えば食事。食事は命をもらうこと。昔は静かに食べ、命をもらうがゆえの感謝の厳粛さを大事にした。便利を追求するとサプリメントで栄養がとれる。しかし、食事は栄養をとるためではなく、様々な意味がある。

明治になって「個人」という概念が入ってきたときに「私の世界」がうまれた。個人を考えると他者とくっきり分かれ、生きにくい、暮らしにくい自分がくっきりみえてしまう。われわれはいろんな人と結びあって生きていく。つながり合う世界が本質。そうすると、個人はうっすらしたものになっていく。

修験道は、自力で山に入ったはずなのに、自然に何かを気付かされる。自力が他力に変わる。座禅は、自力で決意してはじめるが、決意した自分が意味がないことに気付く。座禅は床に支えられている。自分だけでは座りずらい、大地に支えられていれば楽。これは自信が変わらないとわからない。「おれが座っている」では分からない。自力では生きていない。あらゆる他力で生きている。

本来の業は何を目指しているか分からない深さがある。木刀をあげることの意味が分かるためには何十年もかかる。一人ひとり探していく。

居場所がないから消えるしかない。居場所は空間ではなく、命が働く場所、日常にある幸福。昭和30年代の一家団欒の場は無言。無言でいても許されることが承認。それが居場所。今は居場所を確保するためには大声で主張しないといけない。ネットでは「そこをどけ」の非難が多い。

ドリームハラスメントという言葉がある。高校生に「生きる意味を9月まで決めてくるように」といった課題を出す。「自分の人生設計をしっかりしろ」は百害あって一利ない。「君は君で好きにやりなさい。そのうちみつかる。生きてればいいよ。」が大事。

「やっていること」は自分が評価することでない。昔は、自然の評価、ご先祖様の評価、神仏の評価があった。身近な自然は身体。身体が承認する。頭で考えることは身体が承認してくれない。「あなたでいいんだよ」が生きていく上での基本。

内田樹 TATSURU UCHIDA (思想家/武道家)
1950年東京生まれ。東京大学文学部仏文科卒業。神戸女学院大学名誉教授、昭和大学理事。神戸市内で武道と哲学のための学塾「凱風館」を主宰。合気道七段。主著に『ためらいの倫理学』、『レヴィナスと愛の現象学』、『先生はえらい』など。『私家版・ユダヤ文
化論』で第六回小林秀雄賞、『日本辺境論』で2010年新書大賞、執筆活動全般について第三回伊丹十三賞を受賞。近著に『困難な結婚』、『世界「最終」戦争論』(姜尚中との共著)、『属国民主主義論』(白井聡との共著)、『転換期を生きるきみたちへ』(鷲田清一他との共著)など。

内山節 TAKASHI UCHIYAMA(哲学者/作家)
1950年東京都生まれ。1970年代から東京と群馬県・上野村を往復して暮らしながら、存在論、労働存在論、自然哲学、時間存在論を軸に哲学の研究をすすめる。NPO法人「森づくりフォーラム」代表理事。2004年?2009年立教大学大学院異文化コミュニケーション研究科特任教授、その後、東京大学大学院人文社会系研究所兼任講師、立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科教授などを歴任。著書に『共同体の基礎理論』(農文協)、『怯えの時代』(新潮選書)、『清浄なる精神』(信濃毎日新聞社)『修験道という生き方』(新潮選書)など多数。

藤田一照 ISSHO FUJITA (曹洞宗僧侶)
1954年愛媛県生まれ。東京大学大学院教育学研究科教育心理学専攻博士課程を中途退学し、曹洞宗僧侶となる。1987年よりアメリカ合衆国マサチューセッツ州西部にあるパイオニア・ヴァレー禅堂に住持として渡米、近隣の大学や仏教瞑想センターでも禅の講義や坐禅指導を行う。2005年に帰国。2010年より2018年まで、サンフランシスコにある曹洞宗国際センター所長。神奈川県葉山町にて慣例に捉われない独自の坐禅会を主宰している。朝日カルチャーセンター等でも講義や坐禅指導を行っている。NHKETV「こころの時代」に出演、反響を呼ぶ。著書『現代「只管打坐」講義』など、共著『禅の教室』など、訳書『禅への鍵』など。

星野文紘 FUMIHIRO HOSHINO (羽黒山伏)
1946年山形県出羽三山羽黒山宿坊「大聖坊」に生まれる。1971年「大聖坊」十三代目を継承。2007年には出羽三山の最高の修行である「冬の峰百日行」の松聖を務める。出羽三山神社責任役員理事、NPO法人公益のふるさと創り鶴岡理事。これまで1000人以上の行者を先達しながら、日本各地の山伏復活にも尽力。海外とも交流を重ねる。全国各地で山伏の知恵を活かすべく生き方のトーク活動を「羽黒山伏の辻説法」として展開している。著書に『感じるままに生きなさい』(さくら舍)、『答えは自分の感じた中にある』(家の光協会)。

お知らせ一覧へ
トップページへ